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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)2610号 判決 1950年2月14日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人趙宗烈の弁護人中島忠三郎の上告趣意第一点について。

原判決が証拠として引用した同被告人の原審公判廷の供述については、たとい、それが同被告人の警察における供述とその内容が同じであり、且つ又後者が仮りに警察官の脅迫、拷問に基く取調の結果に由来するものであるとしても、前者は何等強制を加えられないで任意になされたものであるから、該供述が間接の強制に基くものとはいえない。故にこの点に関する論旨は理由がない。(昭和二三年(れ)第六一号同年一一月五日大法廷判決参照)

次に第一審共同被告人新垣千代子の供述を証拠として採用すると否とは事実審たる原審の専権に任せられたところであって、同人について、たとい所論のような事情があったとしても、その一事によって、その供述の証拠能力が否定されるものではないこと論を俟たない。尚同被告人は原審公判廷において所論の事情のため十分の陳述をする機会を与えられなかったというが、同被告人に対する判決の基礎となった原審第七回公判は爾余の被告人等の審理と分離されて同被告人単独で審理されたものであり、而も同人は原審裁判長の最終陳述の有無の訊問に対し弁解することはありませんと答えているのであるから、この点の論旨も理由がない。

同第二点について。

所論は原判決の量刑不当を主張するものであって、適法な上告理由とならない。

被告人趙宗烈の上告趣意について。

論旨は同被告人に対する警察の取締が誘導拷問によってなされたと主張しているけれども、仮りに被告人に対する警察の取調に所論のような事情があったとしても、その取調の結果を記載した書類は、原判決において証拠として採用されていないのであるから、この点を攻撃する論旨は理由がない。尚同被告人の原審公判廷の供述が警察における供述とその内容が同じであって、間接の強制によるものであるとの主張については前記中島弁護人上告趣意第一点について説明したとおりであって、理由がない。

次に、所論の第一審証人高橋高七、同藤田嘉一の各訊問調書についていえば、右各訊問調書は被告人に対する原審第七回公判廷において読聞けられ適法な証拠調の手続がなされて居り、裁判長は被告人に対し意見弁解の有無を問い且つ同証人等に対し反対訊問の請求ができることを告げたのに対し同被告人は右各訊問調書については異議ないと答えているのであるから、この点に関する論旨も理由がない。(尚論旨は、右証人の外その他数名の証人の証言にも異議ありというがその証人の氏名を明記しない。)

尚その余の論旨は結局原審の事実認定を攻撃するに帰し適法な上告理由とならない。

被上告人土屋豊吉の弁護人鈴木多人の上告趣意第一点について。

記録を調べてみると、(イ)所論第三回公判調書の前文に、弁護人「鈴木多聞」出頭とあるのは同「鈴木多人」の誤記であり同調書に裁判長は被告人「土屋豊治」に対し問うたとあるのは被告人「土屋豊吉」の誤記であること、(ロ)第五回公判調書前文に弁護人「鈴木多門」出頭とあるのは前同様弁護人「鈴木多人」の誤記であること、それぞれ明白である。又、(ハ)右第五回公判調書の前文には、被告人文長守外九名の各頭書被告事件について、昭和二四年八月一九日公判を開廷した旨の記載がある丈けで本件被告人土屋豊吉に対する賍物故買被告事件について公判を開廷する旨の記載はないが同調書にはそれに続いて、裁判長は被告人本田正夫事趙宗烈に対する窃盗賍物収受被告人土屋豊吉に対する賍物故買各被告事件を本件に併合する旨告げたとあり、そうして被告人趙宗烈、同土屋豊吉は公判廷において身体の拘束を受けないとの記載がある(記録一九冊三八九丁)のであるから、右第五回公判は被告人土屋豊吉に対する、賍物故買被告事件についても亦適法に開廷されたことが明らかである。公判調書の記載の誤記を誤記と断ずることは、所論のように旧刑訴第六〇条及び第六四条に違反することではない。又右のような誤記のために公判の手続そのものが違法又は無効となるのでもない。従って所論の第三回公判調書における瑕疵を誤記とするならば、右の公判に於ては弁護人鈴木多人出頭の上、被告人土屋豊吉に対し適法な審理が為されたことが明らかである。それ故に右の手続が違法又は無効であることを前提として、原判決を攻撃する論旨は凡て理由がない。

同第二点について。

記録を調べてみると、原審第二回公判調書には、鈴木弁護人は被告人土屋の為めに証人として高橋唯七、土屋好子を申請し各立証の趣旨を陳述したとの記載はあるが、所論杉平みさについては証人申請がなされた旨の記載はない。なるほど同弁護人提出の昭和二四年五月九日附証拠申請に付ての上申書には所論の通りの記載はあるが、右の記載のみを以て、前記第二回公判において同弁護人から杉平みさの証人申請があったに拘らず同公判調書に、その記載を遺脱したものとは認め難い。次に第三回公判調書には、鈴木弁護人の弁論としては、被告人に対し執行猶予の判決を仰ぐ旨の弁論をしたという記載がある丈けであること所論の通りである。しかし公判調書には弁論の要旨を記載すれば足りる。たとえ同弁護人において同公判廷において所論の通りの弁論をしたとしても、その要旨は結局被告人土屋豊吉に対し執行猶予の判決を求めるというに帰着するのであるから、前記公判調書の記載を以て旧刑訴第六〇条に違反するものとすることはできない。なお所論の昭和二四年六月二五日附弁論要旨と題する書面は、本件記録を調べてみても、記録に編綴されてもいないし、又裁判所に提出された旨の記載もないのであるから、それが適法に原審に提出されたものとは認め難い。のみならず右書面を記録に編綴しなかったとの一事を以て、所論のように原審が不当に同弁護人の弁護権の行使を制限したものということはできない。更らに又右第三回公判調書によれば、同弁護人が証人として喚問を受けた被告人の妻土屋好子に対し被告人方の家庭の状況等について補充訊問したことの記載はあるが(前同記録二一一丁以下)それ以外に弁護人が補充訊問をしたと認め得べき資料はない。それ故にこの点に関する論旨も亦理由がない。

以上要するに被告人土屋豊吉に対する原審公判手続には所論のような違法はなく論旨は凡て理由がない。

同第三点について。

原審は昭和二十四年六月一日被告人土屋豊吉に対する審理を終結し(第三回公判)、同年八月十九日判決を言渡し(第五回公判)、この間七十九日の期間を経過し乍ら所謂審理更新の手続をとらなかったこと所論の通りである。然し乍ら旧刑訴第三五三条は公判続行中に関する規定であって、弁論終結後にはその適用がないものである。なんとなれば同条の規定は多数の日子を隔てて継続審理をなすときは事実の真相を発見するの妨となる惧れがあるので、当該判事の遺忘を来たさない間に審理を継続して真実発見の実を挙げようとする精神に出でたものであるから既に弁論を終結したときは弁論を再開しない限りはその必要なく、且つ又判決の宣告は審理の結果得られた事件の真相について評議決定したところに基いて判決書を作成しこれを公表する手続に止まるのみであるから、弁論終結後十五日以内に判決の宣告をするように制限を設ける必要もないからである。原審が審理更新の手続をとらなかったのは以上のような理由に基くのであって、刑事訴訟規則施行規則第三条第三号の規定を適用したためではないから、右の規定に関する所論に対して判断を下す迄もなく論旨は理由なきことが明らかである。

同第四点について。

所論の被告人及び同人妻好子から鈴木弁護人宛の手紙その他の書面は、本件記録に徴し適式な証拠書類として原審裁判所に提出されたものとは認め難く、且つ右各書面は原審第一回公判前に提出されたものでもないから、これについて必ず証拠調べをしなければならないというものでない。従って原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

同第五点について。

論旨には原判決に引用された被上告人土屋豊吉の第一審公判廷の自白は不当に長期の勾留後の自白であって任意性を欠くものであるとの主張がある。記録を調べてみると、同被告人は昭和二三年五月二四日逮捕状を発付せられ、同月三〇日勾留状により京橋警察署に勾留せられ同年八月二〇日の第一回公判廷において所論の自白をしたもの(そうして右自白は同年同月二六日の同第五回公判においても維持されている)である。しかし同被告人は同年五月二七日、三〇日、並びに同年六月四日の司法警察官の各取調、並びに同年五月三〇日の刑事の勾留訊問(但し同被告人に対する原判決書第一一ノ一、同書添付第一表6事実のみ)及び同年六月七日八日の検事の各取調に際しても、終始本件犯罪事実について自白していることが認められる。してみれば前記被告人の第一審公判廷の自白は、同被告人の勾留後八三日目になされたものではあるが、その勾留と右自白との間には因果関係のないことが明白である。従って原判決が右自白を証拠に採用したことには、何等の違法もない。(昭和二二年(れ)第二七一号同二三年六月二三日大法廷判決参照。)

次に又刑訴応急措置法第一三条第二項が合憲有効なものであることは、既に当裁判所の判例(昭和二二年(れ)第四三号同二三年三月一〇日大法廷判決参照判例集二卷三号一六五頁)に示されている通りであって、原審の事実誤認、量刑不当を攻撃するの論点は適法な上告理由とならない。要するに第五点の論旨は何れも採用することができない。

同第六点について。

以上第一乃至第五点の理由のないこと既に説明を与えたとおりであるが所論は結局原審が被告人土屋豊吉に対し執行猶予の言渡をしなかったことを非難攻撃するに帰着し適法な上告理由とならない。

以上の理由により旧刑訴第四四六条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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